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《Everything that rises must converge 》by Flannery O'Connor

英文学講座で
Flannery O'Connorの 《Everything that rises must converge 》をやった

タイトルをどう訳すかが宿題だった

結構考えた
結局 《平行線は交わらない》にした

(私らしい裏技的タイトル)

Everthing that rises must converge
私は 「物事は落ち着くべきところに落ち着く」という意味にとった
つまり「なるようになる」「なるようにしかならない」の意だと思った

けっこう当たってると思っていた
だって話がそうだもの

にもかかわらず、《平行線は交わらない》としたのは
事をなるようにならしめたというか、なるようになってしまった主人公の親子は全く価値観を異にする平行線を生きる二人だからだ
convergeという言葉は数学用語でもあるらしいしぴったりやん

そしたらびっくり


他の人の意見からどんどん宗教的な話に発展していったのだ

私はえーっ
この展開は何なんだ
えー? オメガ点⁈
なんじゃそりゃ⁉️

波風たてるのよくない
と思った私は(学んだ)
口を挟むのはやめて
講義が終わった後で先生(年下)のところへ行った

「私は全く宗教的なものは感じないのですけど」

「どう感じるかは個人の自由です」

(そりゃそうだ)

この時代の転換期(1960年代始め)にカトリックの世界観を描く若い小説家ているか?

てことが言いたかったけど
うまく言えなかった

煉獄の話まで出てきた

結局、
主人公の彼はその煉獄のような状態にいてまだどちらに行くかはわからない
読者に委ねられているということなんですね

と中途半端な気持ちで言って締めくくった
先生の言わんとすることを代弁したつもりだった

そうかもしれないけど
テーマではないだろう


後でググって真相が解った

タイトルはO'Connor が信望するカトリック司祭の言葉を借りたもので(誰かが言っていたな)
翻訳も「すべて上昇するものは一点に集まる」や「高く昇って一点へ」というタイトルだからだ

ずるい
クラスで発言した人は全員とは言わないけど
あらかじめ検索したに違いない
「上昇」にこだわる展開だった
「それありき」だったんだ

先生の解説もそうだった

私は未だ疑っている
論文書いてる人や、アマチュアの人たちの評論も読んだけど


O'Connor はこの小説に関しては Everyting that rises 〜を拝借しただけと見る方が
自然じゃない?

rise は occur, happen 「起こる」で
converge は 「収まる」だ

私は洒落た題名だと思った

親子の葛藤は普遍的なテーマ
そこに黒人差別撤廃問題、階級、プライド、当時の人々の暮らしなどうまく絡んでいる
よく出来た短編だ
バスの中で話が進むなんて現代的だし

今思うと
鏡、帽子 、小道具も絶妙だ
母親は外出前に鏡の前でしきりに帽子を気にする
そのまま母親は息子とバスに乗る

なんと同じ帽子を被った母親と小さな子が乗り込んでくるのだ
あろうことか、その親子は黒人で主人公の母親の嫌悪の対象なのだ
その黒人女性は主人公の母親が子供に渡そうとしたペニーを強い態度で拒絶する
黒人女性は鏡の中のもう一人の彼女なのではないのか⁉︎

あぁなんて上手いんだろう
矛盾が表裏一体

同じことが題名に見えたんだけどな