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嘘をつくために言葉はある


ハンドベルの演奏会を聴きに行ってきた

スペイン語講座のご縁で
チケットを頂いた

義理で行ったのでなく
ほんとにあの音に癒されようと思って行った

中学生が奏でる音のほうがピュアに聞こえるのは気のせいか・・・・

後、腕だけで鳴らすのではなく体を使ってるなと思われる人のベルは心に来る
気がした



◾️

20世紀フランス文学を勉強した人がある文献の中でに「人の言葉はほとんど嘘」
という件を見つけたのですって


これ
私が思うに
言葉の不完全性を言ってるのではないかて気がする

だって
言葉はちゃんとあなたを語ってくれてる?

少なくとも私を完璧に語ってはくれない

そこらへんの言葉で間に合わせる

しゃあないもん


他の言語は分からないけど
英語は
語り尽くせない部分はあっさり切り捨て
言語が語れることを重要視する言語な気がする

事実はどうあれ
放たれた言葉を重要視するするのだ

言った本人もその言葉に責任を持つ
なんか潔い言葉だ


そういや
私は昔こう思ってた
「嘘をつくために言葉はある」

だって
人がまだ唸り声みたいな音を発し言葉を持たない頃

嘘をつこうにも
人々はお互い相手が何を思っているのか感じているのか
表情や雰囲気で即座に否応なしに分かったんだろうから


◾️

言外の世界を生きてどうするの
意味ないじゃん


言葉以外のよっぽどのクリエイティブな才能を持たない限り無理


そう
大概の人間は自分の言葉の範囲内で生き、死ぬんだわ